文化・芸術

2回目の桃の節句

この前、せっかくのひな祭りだったのに。
その日に、熱を出してしまった私。

その数日前にやっと風邪が治った、というところだった。
まさかのぶり返しである。

始めの風邪は熱も出ず食欲もあったのに、今回は悲しいほど食欲がない。

去年のひな祭りは、桜子の初節句だった。
それなのに、その記念すべき初節句に初発熱。
真っ赤なほっぺたをして写真に映っている。

今回は晴れて元気に迎えられると思っていたのに、この私がダウンとは。

食欲のなくなる風邪とは本当にタチが悪く、気力も体力も失わせる。
それすなわち、寝るしか術のなくなる役立たず主婦になり下がるわけである。

料理もできず夫には惣菜を買って帰ってきてもらう。

それでも

「ひ・・・ひな祭りの様子だけは記録に留めといてshock・・・ゴホッ、ゴホッshock

と瀕死の状態ながら夫に訴え、雛人形や午前中に買ってきておいたケーキと一緒の桜子をビデオ&写真に撮ってもらった。

一緒に楽しく過ごしたかったのに・・・

2年連続でこの日に誰かが熱を出す・・・
嫌~ね~・・・
順番でいうと来年は夫か・・・

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おひなさま

3月3日のひなまつり。
これまでは女子と言えどもういい年の私、特に何をやるでもなかった。

ところがしらゆき家に女の子が誕生し、つまり今度の桃の節句は娘の初節句なのである。

TVで雛人形のCMが頻繁に流れ出し始め、店先でも立派なすごいのがずらっと並んでたりする。

これから毎年来るものだし、雛人形買ってあげといた方がいいのかな、なんて思ったりする。

値段を見てびっくり。
10万円~!!

そんなに高価なものなのかい・・・
だけど、娘のためにいいものを買っといた方がいいのか・・・

それを夫がバッサリと斬った。

「いらないよ。うちじゃ保管しとくスペースもないし。」

確かに。
でも、そう結論が出ると、急に桜子が不憫に思えてきた。
そして無意識のうちに口ずさんでいた、聞かせるともなく。

あ~か~り~を~つ~け~ま~しょ~ぼ~ん~ぼ~り~にぃ・・・

「やめてよ、その歌い方! まるで桜子が死んじゃったみたいじゃん!」

そんなに欲しいの? と言われ、まるで私が遠まわしにおねだりしたみたいな形になってしまった。

そんな感じでどうしようか困っていたが、意外とすんなり解決した。
私の実家の雛人形が健在だったのだ。

たいそうなものではないのだが、、お内裏様とお雛様、三人官女がガラスケースに入っている。
ぼんぼりや桃の花、ひしもちも、雛あられをのせるお皿まである。

手前にあるねじをまくと、ひなまつりのメロディが流れる。
ねじを巻ききってすぐは軽快で楽しそうなオルゴール音の“ひなまつり”なのだが、時間の経過とともに速度も落ち、私がしんみりと歌った時のような陰気なムードでついにねじが切れる。

さすが37年前の年代モノだ。 それらしい構造である。

しかし、しまい込んだまま20年はほったらかしされていただろうこの雛人形、カビ一つなくきれいなままなのだから大したもんだ。

でもまさか自分が使っていたものを自分の娘が使うことになろうとは夢にも思っていなかった。

ガラスケースを拭いていていたらふと目に留まったものが。
木の縁の部分に、えんぴつで小学生低学年的な筆跡で

おひなさま

書かれてあった。

私の仕業か妹の仕業か・・・
でも、このいかにもヘタクソなこの字は恐らく私なのではないか?
こんな、普通やったら怒られる的なことをやるのも恐らく私だろう。

いつか、それを桜子に見せる時がくるんだろうか。

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もうすぐひな祭り

三月に入ってしまった。 
早いものであさってはひな祭りなのである。

でも、日本の伝統的な行事だというのに、いまひとつ盛り上がりに欠けているような気はする。
バレンタインデーの方がよっぽど派手に騒いでいたんじゃないか?
そっちの方が幅広くお金が動くからね。
世の中カネか・・

私も、実はひな祭りのことなんて全然頭になかった。
というより、私の中ではなぜかすでに終わっちゃていた。
ちょっと前まで頻繁に流れていたひな人形のTVコマーシャルをさんざん見て、雰囲気を味わいきってしまったのだろう。
コマーシャルがピタッと流れなくなった時点で、私のひな祭りもしっかり終わっていたのだ。
スーパーで、ひなあられコーナーを見てさえも、なんで今頃・・? 売れ残りの叩き売り・・? と、とんだ勘違いをしていたくらいだ。
ひとり、無闇に “時” を突っ走ってしまった。

今のご時世、住居スペース事情もあって、昔ながらのひな人形は持たない家庭が多いという。
そりゃそうだよね。 
いくら綺麗でかわいくて女の子ごころをくすぐるひな人形でも、場所とるからね。

だから今は、手のひらサイズのお内裏&お雛様の人形とか、いろんなコンパクトなやつがいろんなデザインで売られていたりする。 これがまたかわいい。

ケーキ屋さんだって負けちゃいない。
ひな祭り用のいろんなかわいいケーキがある。
これ、のった。
視覚と味覚を同時に満たしてくれ、しかもスペースいらず。
ひな人形の代替としては、こんな賢い方法はないではないか。

ただ単にケーキを食べたいだけ、と言えなくもないのだが、この際、どさくさに紛れて 「違う」 と言っておこう。
あくまで、過去には確実に女の子だった自分を懐かしむ、そう、ノスタルジックな思いでケーキを食べる、っていうのはどうだろう?

勝手にしろって?

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ことば

昨日の新聞の投書にもあったのだが、私も常々感じている事があった。
カタカナ用語が多いという事。

一応英語を勉強してきた人間ではあるが、なんでもかんでも横文字にしちゃえ、みたいな言い方はなんかどうも・・

ポテンシャルを高めるために」
「○○にプライオリティを置いて」
アイデンティティを持って」

この間見送られた“ホワイトカラーエグゼンプション”なんていい例だ。

コンセンサスにコンプライアンス、コンベンションやらコンピレーションやら、コンコンコンコンやかましい。

中途半端に英語を覚えるのもどうかとも思うし。
どうせなら韓国みたいに “使える英語” を日本でもきちんと教えればいいのにな。
和製英語で単語を覚えちゃうと大恥をかくこともあるのだから。

笑い話だが,日本では料理人のことをカタカナでコックさんと普通に呼ぶが、これを英語で言ってしまったケース。
レストランで料理がおいしくてオーナーにお礼を言うつもりで

“いいコックさんをお持ちですね”

を英語で
 
「ユー ハブ ア ナイス コック!」

って言ったら、相手は顔を真っ赤にしてしまったその訳は!
私の口からはとても言えないが、ちなみに a cook 「クック」とここでは言わなきゃいけなかった、どーしても。

でも、英語オンチのうちの母でさえ

「車のキーどこ?」
イルミネーションきれいだったわア。」

などといっちょ前にいうくらいなのだから、カタカナ語も日本語に欠かせない存在になってるのも事実。
いい塩梅で使いたいものだ。

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とおかいち

会津では今日10日に十日市というものが行われる。
400年もの歴史があるらしい。

ここで縁起物の品々を買うのが基本である。
でも、わたがし、お好み焼き、焼きそば、クレープ等々、定番の出店がずらっと大通りを埋め尽くすので、“冬祭り”と言った方が想像しやすいかもしれない。

私も小さい頃からこの十日市には必ず母に連れられ行っていた。
起き上がり小法師、風車などの縁起物を買うのが母の目当てだったろう。
でも子供にとっては祭り独特のお菓子を買ってもらうのが何よりの楽しみだった。

最初は、よくりんご飴にすぐ目を引かれて買ってもらっていた。
飴でコーティングされたりんごが裸電球の光によく照らされ、より一層真っ赤にピカピカに光って見えた。

知恵の浅い子供だけに、そんな外見に簡単に引っかかっていたのだろう。

でもそのうち、薄く塗られた飴部分を舐めればいいのかかじればいいのかよく分からない中途半端さ、もどかしくてりんごと一緒にかじれば歯にくっつく不快さ、飴がなくなればただの大きなりんご、ということに気づき始め、いつの頃からかピタッと買わなくなった。

で、そんなかわいげのない子供は、単純に飴のみのべっこう飴に夢中になった。
ハート型、星型、動物型、いろんな形の飴に心躍らせるあたり、まだ少しはかわいげは残っていたようだ。

さすがに今は、通りしなに目をやるくらいなものだ。
“起き上がり小法師”という、倒しても倒しても起き上がる小さな人形を、家族の人数プラス1個買ってくる。

倒しても倒しても起き上がるものだから、うちの猫に見つかると面白がって遊びまくられ、しまいにはなくされる。
一応縁起物だから、その一年間を家具の裏手に追いやったままではバチも当たるというものだろう。
ちゃんとガラスの扉の中にしまって飾ることにしている。

十日市は大雪、というジンクスを持つ今日。 私の行く時間には晴れてくれるか・・

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