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私の75=まだまだ元気

4月からスタートした “後期高齢者医療制度”。

後期高齢者って。

このネーミングのセンスのなさというか、デリカシーのなさというか、事務的そのものというか。

もうちょっと知恵を出す人はいなかったのだろうか?

もし私が75歳でこんな呼び方されたら、ブチ切れるか落ち込むかどちらかだろう。

国から 

“余命いくばくもない、あとはお迎えをただ待つだけのあなたがた”

と烙印を押された気分になる。

福田首相が舛添さんに 「この名前なんとかしたら?」 って言ってるそうだけど、だよネエ。

最近、おじいちゃんおばあちゃんを町で見かけると、ちゃんと足腰丈夫で自分でお買い物するなんてすごいよなぁ、なんて感心したりする。

あまり考えたことのなかった自分の老後、チラッと考えちゃったりして。
確かにまだまだ先だけど、早死にしない限り必ず誰にだってくるんだよ?

病気なく元気なのかそうじゃないのか、家族と暮らしているのか一人なのか、ボケてるのかどうなのか・・・

そう思うと、元気なお年寄りを見かけると

ブラボー!!!

と声援を送りたくなる。

なんにせよ、今現在まかり通っているこの “後期高齢者” という名前。
そんなしゃくし定規な名前、踏んづけて蹴飛ばして塩まいてやればいい。

おじいちゃん、おばあちゃん、いつまでも明るく元気で。

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くじらさん

クジラ好きですか?
食材としてね。

すっか食べる機会も減ったクジラだが、小さい頃はたま~に食卓に上ったこともあった。

私は好きではなかった。
だから今も食べたいとは思わない。

だけど、だからといっていろんな国が言うように

捕鯨反対!

とは言わない。
だってこれは日本の食文化なんだから。

この前TVで見たが、日本が調査捕鯨対象にザトウクジラも加えたことにオーストラリアの市民が猛反対してるそうで。

ホエールウォッチングが盛んな地域に住む人達にとってザトウクジラには特別な思い入れがあり、それらクジラの成長を日々見守って暮らしてきてきた、と。

ある小学校の生徒が教室でプレゼンをしていて、クジラごとに名前をつけてより親しみを持って見守っていきましょう、みたいなことを訴えていたり。

つまり捕鯨反対の人達にしてみれば

あんなにかわいくて頭がよくて神秘に満ちた動物を殺して食べるなんて、そんな野蛮なことやめろ!日本の野郎め!

という具合なんだろう。
絶滅に瀕しているならやっぱりやめるべきでしょう。

だけど、絶滅どころか増えてるんでしょ?たしか。
捕鯨反対国の言い分を聞いていると、ただの感情論じゃないのかなァと思ったりもする。

私だってクジラの肉なんて好きじゃないし、ダイビングも経験して海の生き物に興味、愛着心も出てきている。
個人的には、別に無理して捕って食べなくてもいいとも思う。

だけど他の国が、自分達は食べないから、その動物をかわいいと思うから、ってそれだけでヒトんちの食文化を一方的に否定してヤンヤヤンヤ言ってくると腹が立ってくる。

そんな理屈だったら、子牛とか子羊とか、まだまだかわいい盛りの子供の動物を料理しちゃうのはいいわけ?
人間の勝手でガチョウを無理矢理太らせて、フォアグラは世界三大珍味のひとつ~、なんて喜んでていいわけ?

クジラだけを特別扱いする彼ら。
ちょっと腑に落ちない。

でもそんな私でも、クジラはこれからも買って料理して食べるってことはないと思うけどね。
ここは嗜好の問題。

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新しい夏の決まり事?

サマータイム制は導入されるんだろうか?
日が長くなる夏場、時計の針を一時間進めて、明るい時を有効活用しようというもの。

普段朝6時に起きてる人は、サマータイムに切り替わると、切り替わる前で言えば5時に起きることになるわけだ。
仕事が終ってもまだ明るいわけで、家に帰るのもったいないから

じゃあちょっと飲みにでも行く?

なんてお金回りも期待されるのかな?

学生の頃アメリカにいた時、サマータイムを経験した。
切り替わった初日、見事授業に遅刻した。

サマータイムなんて生まれて初めての事だったからおもしろいっちゃおもしろかったけど、本来の目的の省エネ効果ってどのくらいのもんなんだろう?

実際、時計の針を一時間進めるって一見単純で簡単そうだけど、結構手間のかかることでしょ。
私のように時間調整をうっかり忘れようもんなら、次の日とんだ赤っ恥をかくハメにもなる。

でも私テキには、本当に二酸化炭素削減とか有効な経済効果が期待できるんならやってもいいかな。
少しの面倒くささはガマンできる。

だけど実際、日本も昔サマータイム導入したことあるのにすぐに止めてるんだから、どうなんだろう。
活動時間が増えた分あそぼーというより、寸暇を惜しんで仕事をしてしまう国民性。

きっと導入されないんじゃないか、と踏んでいるが・・・

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レジ袋vsマイバッグ

レジ袋の有料化がポツポツと行われ始めているようだ。
行っていないお店側も消費者側も、まだまだ抵抗を感じる人は多いと思う。

でも私は、やるならガツンと一斉に始めちゃえばいいんじゃないか、と感じている。
コンビニも含めてね。

レジ袋はごみ袋にできるからもらえるとありがたい。
でも、もらい続けているから余っちゃうのだ。 
ごみ袋になる日をじっと待つ膨大な量のレジ袋を持て余している自分に我慢ができないのだ、私は。

ラッキーなことに、普段私が使うスーパーでは “マイバック” を推奨していて、レジ袋を断ればスタンプを押してくれる。
スタンプが溜まれば100円を割り引いてくれる。
これは一石二鳥! と、ずっとマイバッグを持ち込んで買い物をしている。

レジ袋の有料化っていうのは、当然ごみの削減を目的としてやっている。
袋を有料化にすれば、例えば今までいらなくても自動的にもらっていた袋も、とりあえずいるかいらないか考えるようになるだろう。

コンビニみたいに、お菓子1個とかジュース1本とか小さな買い物をする場合でも、お店は大抵はご丁寧に袋に入れてくれる。
お店を出て車の中ですぐ中身を取り出して袋はそのままポイ、なんてことはなくなるんじゃないか?

お金を払わなきゃいけないなら、と意識するようになって、小さく折りたためるナイロンのバッグなんかを携帯する工夫なんかも生まれてきそうだ。

お店側も、必要以上に袋を使ってたりする。
例えば猫のエサを買っても、わざわざ別の袋に分けてくれる。 缶やレトルトパックだから他の食品と一緒になっても何の問題もないのに。
それともなにかいっ?うちの猫の食べるものは汚いっとでも言いたいのかいっ?えっ? と喧嘩の一つや二つも起こるというものだ。

まあ、それはいいとして、お店側もレジ袋を有料商品として慎重に扱うようになる気がする。

ニュースで、レジ袋有料化についてインタビューされてた人達がいた。
おじさんが

「男はあんまりこういうの関心ないからねえ~」

と、悪びれもせず笑って言いのけていた。
スタンプ集めならともかく、環境問題に関心がないと言っているのと同じではないか。
こんなおじさんに限ってたばこのポイ捨てなんかを平気でやって、そのくせ「近頃の若いもんは・・」なんてエラそうに道徳を問うような口ぶりをするのだ。
なにもサザエさんの持つような買いものかごをおじさんも持ち歩け、と言っているわけではないのに。

レジ袋の有料化が浸透するには意識的にもシステム的にもまだまだ時間がかかると思う。
でも、ものは試し。有料化されてない地域でも、練習感覚で一度くらいマイバッグ使ってみてはいかがですか?

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赤ちゃんポスト

皆様、「赤ちゃんポスト」についてどうお思いですか?

熊本市の慈恵病院というところで計画が進んでいるもので、育てられない赤ちゃんを匿名でも引き取ってくれるという。

私は、初めてそのニュースを聞いた時も、色々考えた後も、やっぱり素直に喜べない印象が残る。

むざむざと捨てられて命を落としてしまう赤ちゃんを一人でも救おうとの考えは確かに立派なもので尊いと思う。
ドイツでも実際に行われているものだし、それを好例として検討してるんだろう。

でもねえ~。
ドイツでうまくいってるからって日本ではどうなんだろう。そんなに簡単にいくものなのか・・
なにか落とし穴がありそうな気がして・・

私が一番ひっかかっているのが、今の日本の若い子たち。
どうも今の子たちって何事にも易過ぎるような気がしてならないのだ。

赤ちゃんポストに我が子を入れる人っていうのが、家庭の事情とか経済的理由とか、本当に本気でやむにやまれぬ上での事で、ふんべつのついている人ならまだ分かるのだ。

でも、赤ちゃんポストを置くことで、ただでさえ無計画にハプニング的に子供を作ってしまう今の若い人たちが、

「いざとなれば赤ちゃんポストってあるらしいよ」

って安易に思って、輪をかけて安易な考えの人たちを増やしてしまうのではないか。

年間中絶者約30万人。
少子化の今、この数を減らせたらという願いもあるのか。

仮にその数字を減らせていくつもの命を救えたとしても、その子供たち全員が幸せになれるとは限らないんじゃないだろうか?
場合によっては親の愛情も、顔すら知らずに施設で育てられるわけでしょ?

もし赤ちゃんポストが日本で本当に実施されるなら、是非抜かりなく良い方向に進めてほしい。
私のイヤな予感がまったくの見当外れであってほしい。

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