するどい響き
昨日、桜子をバギーに乗せ歩いていた時。
前方に、ランドセルをしょった小学高学年っぽい女の子がいた。
何をするでもなく、ひとりでそこに立っている。
みちくさなのか、誰かを待っているのか。
どうしたんだろーなー、と軽く気にしながらもその子とすれ違おうとした時。
防寒でぐるぐる巻きにされて目がやっと出てるくらいの桜子に向かって
「ばいば~い
」
と優しく声をかけてくれた。
もちろん桜子など、そんな好意などおかまいなしに無視なので、自動的にうしろの私が
「ばいば~い」
と代わりに返事をする。
すると私の歩調に合わせ、その子がついてきた。
なにをしゃべるでもない、ただついてくるのである。
しかたないからこちらから話しかける。
「この子はまだちっちゃいからしゃべれないんだよ。」
「ちっちゃいって、ゼロ才くらい?」
「ううん、1才だよ。」
そんなこんな話してたら、突き当たりにたどり着くところだった。
“私達は右に行くけどあなたはどっち?”
ということを言おうとした。
でもその “私達” の部分をどうしたものか迷った。
‘おねえちゃん達は・・・’
って言おうとしたが、どれだけ本人若い気でいようが、いくら相手が子供とはいえそれは世間が許さないか?
正真正銘の子連れなのである。
んじゃ
‘おばちゃん達は・・・’
と言おうとした。
これは大いに抵抗が残った。
なんせ、まだこの口から吐いたことのない自己表現である。
えーい、勇気を出せ!勇気を出すんだ!
と、結果だまりこくってしまっていた私に、その女の子が、
「じゃ、さよならァ~~!」
左に曲がって小走りで去っていった。
「ば、ばいばーい、さ、さよならァ~。」
押され気味なあいさつで終わってしまったではないか。
うーん、 “おばちゃん”・・・・か。
これは新たに立ちはだかった大きな壁である。
克服せねば。
でも、自らのことを “おばちゃん” と言い慣らしてまた聞き慣れておくのは、一種の予防線でもあると思うのだ。
そのうちどこかの子供から
「ねえねえ、おばちゃん!」
と邪気のないアッパーカットをくらわされる瞬間が、前触れもなくやってくるんだろう。
その衝撃をできるだけ少なくするためにも、今から “おばちゃん” という言葉に慣れておく必要がある。
要は、自覚 である。

